第三章・表/15
居間を後にして、さながら幽鬼のように家中を徘徊した。
一つの場所に留まっていると嫌な予感ばかりを育み、悪い想像だけを巡らせてしまう。
落ち着き無く廊下を往復していたが、十数分ほどを続けると、流石に飽きたのか、目に付いた近くのドアを開けて室内に入っていく。
闇色の粒子が床にまで沈殿している空間は完全に黒一色で、目が慣れない事には部屋の間取りすらも解らないほどだった。
掌を壁に押し当てて、手探りで照明のスイッチを探る。ほどなく目当ての感触が指に当たり、電源を入れた。
闇が完全に追い払われ、一瞬、眼が眩む。視力を回復した視界の両端を圧迫感が迫ってきた。
幅と奥行きがある重量級の本棚が部屋のコの字型に取り囲んでいるのだった。圧倒されるばかり光景である。
適当に近くの部屋に飛び込んだものの、自分がどの部屋に入ったのか、
おおよそ見当を付けていたので突然開かれた圧倒的な光景に目の当たりにしても驚きは少なかった。
書斎だ。数ヶ月と言わず、数年近く入った覚えも無い部屋。故人となった小矢の父親が愛用していた書斎である。
学校などの古くから本を並べている紙独特の匂いが漂い、年季の入った図書館を彷彿させる。
うず高く詰まれた本の山。
部屋の中央には申し訳程度のソファセットが置かれているが、小さなソファが囲むガラステーブルの上にも象牙の塔は築かれている。
何もかもあの当時のままのようだ・・・・。
掃除くらいの必要最低限の手は入っているだろうが、必要以上に動かされてはいないようだ。
頼りない記憶の糸を手繰り寄せると、フローリングの床は乱雑な様相で、
本が散らかし放題になっていて、まさに足の踏み場も無い状態だった筈だが、今は綺麗なものだ。
記憶と現実の差異点はそれくらいで、後は昔のまま、面影も匂いも。
ソファの上に開きっ放しで置かれている古書も、テーブルの上に高層建築を形作る古文に古典、図鑑の類。
それら全て、この部屋の主が去った時から今日に至るまで、
正統な主人の帰還を待ち侘びて当時と寸分変わらぬ姿を維持しているようでさえあった。
書斎の主人、つまりは小矢の父親である此花 久芳は大変な読書家であったのを記憶している。
小説から始まり、奇書・珍書は当然のように、果ては訳の解らない図鑑や辞典に至るまで、
表表紙も日本語版と翻訳版が混雑しつつ、左右両隣と正面を囲む幅広な本棚にびっしり収められている光景を見れば、
部屋の持ち主がどれほど本に愛着を示していたか理解も出来るだろう。
部屋全体が醸し出す圧迫感に慣れていない人間には、息苦しささえ感じてしまうような雰囲気は、
光琉にしても慣れているものではなく、一瞬立ち眩みを覚え、覚束無い足取りで三歩ほど後退した。
部屋の主が存命中であった頃から、この部屋に余り立ち寄った経験は乏しい。
元々、静かな場所は好きな光琉だが、それは余計な雑音が聞こえない所でボウっとしていたい為であって、
静寂のカーテンに閉ざされた空間の中、ソファにもたれながら優雅に読書を嗜む、と言った上品な趣味は持ち合わせていないのである。
この部屋を使っていた人間が亡くなった後も、小矢も瑠香も父親の匂いらしきものが染み付いた部屋にいると色々と思い出し、
物悲しい感傷に浸ってしまうからか、室内を片付けて、別の用途で使おうともせずに放置されたままだった。
光琉にしてもそこまで読書は嫌いではないが、小難しい古典の類は別格らしく読む気にもならず、書斎に足を踏み入れたのも数える程度しかない。
長女の小矢が自然と書斎の管理者となり、月にニ、三度掃除の為に訪れるくらいで、部屋は昔の姿のまま保存されている訳だ。
ソファの上を占領している開きっぱなしの本の幾つかをテーブルの上に移し、開いたスペースに腰を下ろす。
深く座ってから、改めて室内をゆっくりと見渡した。天井まで届きそうな本棚と、様々な文字で記載されている背表紙のタイトル。
凄まじいまでの本の多さに圧倒されつつも、頭の片隅ではそれほど感心していない部分がある。
こんな事をしている場合ではない。一刻も早く動かないと・・・。
と、依然変わらず急かしてくるのだが、性急な思考を一時的にでも忘却させる為にここにいるのであるから、耳を傾ける理由は無かった。
懐かしいと言より、両手の指で事足りるくらいしか部屋に入った事はないのだから、むしろ、目新しい。
物珍しさ一杯の好奇の視線で室内を見渡した後、正面のガラステーブルに戻された。
そこで、ふと、眼に飛び込んできたものがあった。
しおりの挟まれた分厚い本と、その横には長方形の木箱。
「・・・・・」
興味をそそられ本を手にとって見る。
やたらと古臭く、分厚い本のページをペラペラと捲って眼を通したが何を書かれている内容なのかさっぱり理解できなかった。
そもそも本の外見同様に、書かれている文字も年季の入った年代物だった。古典の授業で見かけるような文字なんか読める訳がない。
骨董品に並んでいてもおかしくはない古ぼけた本。
部屋の主人は愛書家だっただけではなく、骨董品にも関心が大いにあったから案外値打ち物かもしれないが、
光琉は感想はそれだけで、ミミズがのたくったような文字列を刻む本からさっさと興味を引き上げさせ、脇にどかせた。読めない本など、暗号文と一緒である。
曰く、知識の無い人間は眺めていても仕方が無い。
木箱の方に眼を移す。なんて事は無い、ただの木箱だ。
眼を引くような装飾も施されていなければ、オルゴール仕掛けにもなっていないであろう、ただただ単純で無骨な木箱。
強いて言うなら、歴史物の洋画で登場する葉巻を収めているような木箱に似ているだろうか。
女神の顔を象ったような柄と、木本来の色に、薄蒼、緑と眼に優しい色調で慎ましやかな塗装が施されているだけの外見が何となく葉巻の箱を思わせる。
それほど好奇心を引き立てられていた訳ではなかったが、とりあえず中を見てみる気にはなっていた。
上蓋を開けて中を覗いてみると、やや黄ばんでいる一冊のノートと筆、硯、墨汁と言った所謂習字セット、
それに掌サイズの文庫本の中心から縦に切り裂いたくらいの大きさの紙切れが数枚重なり合って収められていた。
「・・・・なんだこりゃ」
そこら辺の文房具店で売っていそうなノートは、100円均一で買える安物ではなさそうだが、それでも、大体の文具店なら購入できる至って平凡なものである。
黄ばんでいるのは表紙だけでなく、前頁に至るまで変色している。それだけにかなり古い物だろうと思わせる。
捲ってみると、お世辞にも綺麗とは言えない文字が綴られており、文字と一緒に複雑な図形も書き込まれていおり、文字はその説明のように見える。
書いてある内容までは眼を通さなかったが、図形には見覚えがあった。小矢の使う霊符に描かれている図形、紋様を同じもの。
どうやらこのノートには霊符・護符に関係する内容が書かれているらしい。書き方や符の効果と言ったところが書き綴られているのだろうか。
つまりは小矢の両親が、書斎の宗教書の類いからオカルト知識を引用し、より解りやすく書き示したものなのだ。
これを見て、小矢は霊符の製作手順を覚え、呪力効果を知り、夜を渡り歩くようになったのだろうか。
万年筆で書き綴られる文章と幾何学的な紋様を描く図形。
それらでびっしりと埋め尽くされているページを見る光琉の表情は難しいものだった。
小矢の両親も余計なものを残してくれた、と、そういう思いが少なからずあった。
こんな物さえなければ、小矢が常軌から外れた世界に足を踏む込む事もなかったかもしれないのに。
平穏な・・・そう、平穏で何ら変化の無い日常が退屈だと感じられる贅沢な時間の中に入れたかもしれないのに。
何も始まる事無く―――――変わる事も無く。
やり場の無い怒りと、行き所の無い恨みが湧き上がるのを感じた。
だが、逆の方向では異なる心情もある。
このノートがなかったら、また、このノートを小矢が見つけてなかったら、今日まで生き延びていないかもしれない、と。
とうの昔に奇怪な犬畜生の腹の中に収められてしまっている事態も十二分に想像できた。
特別な力など何一つ持ち合わせていない非力・非才のただの人の身で、怪異を縄張りとし、暗部に生息する獣を対処するのは困難を極めるに違いないのだ。
相対する矛盾が胸中で鬩(せめ)ぎ合っていたが決着は傍目から見ても付きそうになかった。
魔術的な概念が書き込まれているノートが存在していないとしたら・・・と言うのは、IF
―(もしも)―の場合を想定しているに過ぎないのだ。
現実にはノートは小矢が発見し、通常ならざる世界の門扉を開ける一端を担い、忌まわしき因縁の糸が絡む過去の遺恨の淵に突き落とした。
もう決定された事実で今更変えようも無い。
量子力学で有名なシュレディンガーの猫の逸話でも語っているではないか、確認しない間は二種類の未来が存在しているが、
人の意識が「確認」と言う形で介入すると、不特定多数で、定まった形を持たな「揺らぎ」のような未来が一つの枠にはめられる。
そして、一度決定した事実はどう足掻こうと変更する術は無い。可能だとすればそれは人の業ではなく、神の御業になるだろう。
酷く奇妙な感覚が心に滲むのを感じる。
古ぼけた一冊のノートを見下ろす光琉の表情も曖昧を極めた。
苛立ちに満ち満ちた怒りの目を向ければ良いのか、これまで命を繋いでくれた一要素として感謝の眼差しを送れば良いのか、
それとも、達観し、私情を押し殺してただのノートとして眺めるのが、最善なのか。
如何ともしがたく・・・そもそも拘泥する必要も理由も無かったので、逡巡の色も見せずに光琉は一通り眼を通し終えるとノートを脇にどけた。
このノートを見れば、今まで小矢から渡されたモノより更に協力な霊符が書かれているかもしれなかった。
このノートの中には、“魔”の超常的な異能に抗する術と技が収められているかもしれなかった。
だが、読んで理解できなければ、ゴミと変わらない。光琉にはノートに書かれておる文章の意味を理解する知識が足りなかった。
例えノートの中身にこの世ならざる力を御する方法が示されていたとしても、意味を解する知識なければ文字の羅列を眺めているに過ぎないのだから。
理解できないのなら読んでも仕方無い。それに、ページを捲っている時、僅かだが重い鈍痛が頭蓋の中で反響した為である。
つくづく難しい本と向き合って読書と言う光景とは無縁でいるらしい。
ペラペラ捲っているだけで頭痛を感じるくらいなのだから、と、光琉の口端に苦笑が彩った。
あと木箱に入っているものは数枚の紙切れと習字のセット。
一枚を摘み上げてみると、黒々とした墨で描かれる図形が眼に留まった。
どうやら書きかけの霊符のようである。
墨を含ませた筆で一定の大きさに揃えられた用紙に向かって図柄めいた文字と記号を思わせる紋様を描きながら、小矢は何を思っていたのだろう。
何を考え、符を一枚一枚書き重ねていたのだろうか。考えても解る筈も無く――――少しだけ、遣り切れない苦笑を浮かべる。
今の今まで気付かなかったが、小矢は家の中に居る時は時間を見繕っては書斎に篭り、化物を殺す為の道具を用意し続けていたのだろうと考えられた。
父親が残し、そして、父親の匂いと気配が感じられるようなこの部屋で、両親の遺品となったノートを開く。
恐らくは彼女の両親も生前行っていたに違いない行為。それは、他界した両親を身近に感じ取る為に形式化されたある種の儀式だったのではないだろうか。
断言は出来ず、推測するしかないが、何気なく胸に湧いた想念を否定できなかった。・・・信じるだけの根拠も無かったのだが。
木箱に納められていた中身に一通り眼を通すと、ガラステーブルの上に広げた数々を集めて箱に入れ直す。
目新しい発見など期待していなかったし、実際無かった訳だが、思いの他に時間が潰せたのは幸いだった。
二十分近く経過している。
何もせずにただ秒針の動きを眼で追っているだけの二十分間は拷問以外の何物でもないだろうから、ここで楽に潰せたのは喜ぶべきであろう。
「――――おっと」
ノートに紙切れ、それに筆や硯と言った小道具を収め、テーブルの隅に木箱をどけようとした時、
折り曲げた肘がテーブルに積み重ねられた蔵書の塔を小突いてしまった。
雪崩を打ってうず高く積み上げられていた辞書、図鑑、思想書の類がテーブルと絨毯の上に散らばる。
普段ならば文句をぼやいて手を伸ばすところだが、現在の心境ではそれで済ませられない。
ついうっかり肘が当たって崩れただけなのに、酷く腹が立つ。癇癪を起こしてカーペットに散らばった本を蹴飛ばしたい衝動に駆られた。
「・・・・・っ」
感情を持て余した抑制の効かない眼を向け、本を睨んだ。
暫く忌々しげに睨んでいたが、やがて、短いが鋭く熱い呼気を吐き出し、心を落ち着かせた。
癇癪で本を蹴り付ける衝動は何とか抑えられたが、胸の奥を焦がすような苛立ちだけは残っていた。
胸に手をやり、深く深呼吸を試みる。
肺の中の酸素を真新しいものに交換してから「マズイ、なぁ・・・」と苦虫を噛み潰した小声で呟く。
どうにも平静さを保っていられない。ちょっとした事で感情が荒れてしまう。
良いとは言えない自分の心理状態に嘆息するも、ささくれる心を落ち着かせる術もなく、これ以上荒れないように努力するだけだ。
尤も、自分を取り巻く現在の状況下にいながら平静でいられる訳も無い、と、自分に言い聞かせ、散らばる本に手を伸ばした。
それにしても、図鑑や辞書といったモノは余計なところに金をかけていやがる。
数冊を拾い上げながら悪態を漏らす。ささいな事で苛立つ状態なのは理解していても、やはり抑えられずにイラついてしまうのだった。
例えばハードカバーの表紙。
やたらと手間隙かけたのが解る表紙は凝っている物はどこまでも装飾過多で、ともすれば本の価格の半分以上は装飾費なのではとも思えるほどだ。
分厚いハードカバーは一冊一冊でも結構重いから腹が立つ。数冊重ねて抱えているとなれば、僅かな間で腕が痺れ出してくる事さえあるのだった。
大体、無闇に分厚いから重ねて持ちにくい。
「・・・・・・ん?」
無造作に転がった書籍を拾い上げる手がふと鈍り、指先が空中に留まった。
物珍しそうな声を呟かせて、光琉が見つけたものは写真だった。
近くに転がるアルバムに挟まれる数枚の写真が絨毯に散っている。
肘で崩してしまった本のタワーの中にアルバムも混じっていたのだろう。
散らばった写真をまともめて拾い上げる。数々のポートレートに映っているのは幼い此花姉妹だった。
てんで小さな背丈に不釣合いな着物姿でやけに愛らしい一枚は七五三の時のものだろう。
こちらは真新しい制服に袖を通し、家の前で撮られた入学式前の一枚か。
四角い枠に切り取られた過去の情景は、かなり時を遡った頃から保存され、
今では見かける事もなくなってしまった小矢と瑠香の仲の良い姉妹振りを収めた一枚もあって、光琉の眼を引き寄せた。
蝶よ花よ、と表現するのは誇張だろうが、両親からの愛情を一身に受けた幼い姉妹が切り抜かれた四角い額縁の中で屈託無く笑っている。
実に、暖かで、穏やかな笑顔。姉・妹の関係と言うよりは歳の近い友人の間柄のように笑顔を浮かべている少女達。
こんな光景は失われて久しい。光琉の記憶棚を探ってみても、写真に似た光景で覚えているフィルムは既にセピアに色褪せてしまっている。
姉妹の成長の記録であり、此花家の軌跡とも言うべきもの。
一枚ごとに成長していく姉妹の傍には、線の細い父親と、温和な笑みを浮かべる母親も一緒に映った家族団欒の模様を撮ったものも何枚か見受けられた。
二度とは帰らない過ぎ去ってしまった過去の映像を留める一枚。現在の様子と比較すると変わり果てた現実に胸の痛みを揺さぶられる。
純粋な懐かしさと小さな痛みを覚える感傷にたゆたいながら、ある程度の年齢まで眺めていると、家族の集合写真の中に一人の男の子が混じり出す。
幼い頃の自分自身だった。
まだこの家に引き取られて間もない頃の写真なのか、表情に硬さがあり、ニコリともしておらず、無愛想な顔で口をヘの字に曲げている自分。
なんというか、見ていて自分の愛想の無さに苦笑する思いだった。
写真の中で幼い顔に悪態を満たす自分の姿を見ていると、見慣れない人間の輪の中に放り込まれ、子供心に突っ張っていたのだろうというのが良く解る。
それにしても、いっそ素晴らしいまでの無愛想な表情を見ていると幾ら過去の自分とは言え、いや、だからこそ、余計に小憎たらしい。
過去に行けるものなら当時の自分にゲンコツの一発くらいはお見舞いするかもしれない。
アルバムから剥がれ落ちた数枚の写真に眼を通す光琉の表情に懐かしさが滲んでいたが、不意に微笑みを刻む口元に翳りが生まれた。
前後する事になるが、最初は小さな疑問であった。なんて事は無い疑問だ。これまでにも何回か胸を過ぎらせた事があるような些細なもの。
その度に深くは追求せず、「まぁ、別にいいさ」程度の気軽な気持ちで疑問を放置しており、今回も最初はそうであった。
一体何時ごろから自分はこの家に馴染んだのだろうか。
正確な時期を思い起こすには最早記憶は曖昧で、埃を被っている。
それくらいには過去の事なのだから仕方が無い。曖昧で当然なのだ。物心付く前かそれと前後した頃の記憶など殆ど風化し、錆が浮いている。
虫に食われて穴が目立つ記憶を性格に思い出せるはずも無かった。
疑問は、写真の中で不貞腐れる追憶に埋もれた大昔の自分の姿を見て、何気なく湧き上がったものでしかなく、それほど気にするようなものでもなかった。
ふと、何となく、そういえば・・・と、疑問を感じた程度なのだから、そのまま捨てて置いて問題無かった。
心のヒダに引っ掛かりを残したのは、悪童だった自分と一緒に映り込む此花姉妹の姿であった。
突然湧いて出た赤の他人の出現を、幼い姉妹がにこやかな笑顔で迎える訳もなく、当然ながら良い顔をしていない。
遠慮や戸惑いと言ったものが見え隠れする姉妹の表情は何ともぎこちない。
姉の小矢が父親の手を握り、傍に寄り添っているものだから、妹である瑠香の方は母親の腰に抱き付くようにして、背後に隠れてしまっている。
それも仕方の無い事に違いない。
相応の年月と人生経験を豊かに積み重ねてきた分別ある大人ならまだしも、
子供の頃にいきなり見も知らない人間が目の前に現れて、今日から家族になる、と言われても納得できるものではないだろうし、人見知りもあるだろう。
逆の・・・光琉の立場からしても同じ事。
ある日、突然、知らない大人に手を引っ張られ、連れて来られた先で、「今日からここが君の家だ」の言葉。
今までと全く別の環境にいきなり放り込まれて適応できる訳もなく、
ただ自分の周囲に壁を作っては外界を拒絶し、自分の殻の中に閉じ篭っていた時期もあったかもしれない。
この家に引き取られる以前の記憶もそうだが、引き取られて暫くの記憶も光琉の脳の棚に収納されていなかったから、
当時の自分の状態については推測するしかなかった。
人が過去の記憶を忘れる理由は大して重大な価値も無くて、覚えていても仕方の無い・・・要するにどうでもいいような記憶でしかない場合が大半らしい。
運良く思い出せたとしても、どうせ胸温かくなって癒されるような思い出もなかったろうし、忘れていたままでも問題はない。
永久に忘却する事になっても、それはそれで何ら不利益にもなりはしないのだから一向に構わないと言うものだった。
人生における転機ってヤツは何の前触れも無く突然、
しかも、自分から気付かずに触れるのではなく、誰か他人が持ってくるものだ、と、今更のように光琉は思い起こしていた。
思い起こせば、あれが人生最初の転機だったかもしれない。
もっと以前に重大な出来事があったかもしれないが、思い出せない以上はカウントする必要もないだろう。
自分自身が引き取られた此花の家に馴染んだのは何時ごろだったか、最初こそ首を傾げたがどうでもよい範疇だった。
深く追求する気にもなれず、人に自慢できるような過去でもない記憶を振り返る行為から来る一種の羞恥で、
何とも言えない少しの苦味を微笑と言う言葉に置き換えて口元にたゆたわせながら、肩を竦める。
最初に感じた疑問を拭い去ると、程なくして、薬味が僅かばかりにアクセントとなっている笑みに翳りが落ちたのである。
まずは違和感。それも気付かず見過ごしてしまう程度のもの。
うっかりと見逃すところだった、のではなく、実際、見逃していた。
少年期の自分が混ざった直前と思しき写真と、その後に続く写真を何度か見直して「ん?」とようやく微かな違和感を感じたのだった。
一見すると別におかしな箇所はありはしなかった。
予告も無しに家族の一員となった少年と同い年くらいの姉妹が、写真の中の季節の変化と共に少しづつ打ち解けていく光景。
覚えてはいないが、写真の中で不細工に顔を歪ませる自分が映る一枚・・・。
引き取られて間も無い頃の一枚に背景の景色、それに、自分の服装を考えて、恐らくは秋か冬近くなのだろう。
ジャンパーにマフラー姿。写真の端に見え隠れする枝葉には瑞々しい生気を宿す葉の一枚もなく、
くすんで乾燥し、罅割れた枯葉が申し訳程度に残る数枚が今にも落ちそうなほど弱々しく枝からぶらさがっているだけ。
一番端っこの方で、カメラからそっぽを向き、不貞腐っている幼少期の光琉の反対方向には、距離を置いて立っている姉妹。
妹は姉の背後に隠れるようにしながら、姉の肩越しにカメラの方を見て、ぎこちない笑顔をしている。
姉は姉で困惑気な顔をしていて、こちらもカメラの前で見せる100点満点の笑顔とは言えない表情だ。
そこから数ヶ月、或いは半年の時間が経過したと思える四枚目の写真。
背後を飾る景色は息を吹き返したような青々とした緑で、中心に映る人物達も景色の移り変わりに合わせて変化していた。
眼に見えて解る変化は厚手から薄着に変わった服装だけに留まらない。
少年と姉妹、互いの間にあった空白の距離が随分縮まっているのが変化の最たるものの一つであろう。
如実に解る変化のもう一つは映り込む子供達の表情だ。
先の写真と比べるまでもないほどに硬さが消えて柔らかい表情、自然な笑顔に近くなっている。
幼いだけあって順応するのも速いのか、この頃の瑠香は既に光琉に慣れてしまった様子で、すっかり兄として慕っているようだった。
写真の幼い瑠香の笑顔を見れば、その認識はそれほど間違ったものではないだろう。
また、光琉自身もそのようで、口をへの字に曲げていた仏頂面は消え失せて、代わりに歳相応の笑みが浮かんでいる。
子犬のように傍に寄っている瑠香の面倒でも見ているのつもりでいるのか、一丁前な兄貴面である。
先ほどの写真とこの写真、二枚の写真の違いが、経過した時間の違いであり、その中で育まれた人間関係の深さを何よりも物語っていた。
時間は無為に流れていたのではなく、きちんと意味と意義があって費やされていたのが解る。
無駄に時間を潰すか、有意義に時間を使うか。その違いは途中経過ではなくて、結果に現れる。
その事がこの写真を見れば言葉にして説明できずとも感じるだろう。
写真に写る光景、それだけ見れば別に疑問を感じるような隙間さえも見当たらない。光琉の首を傾げさせたのはそれら以外の点だ。
半ズボン姿で映る何処から見ても完璧な少年時代の光琉に懐く妹と、離れた位置に立つ姉は対照的だった。
光琉から離れて間隔を空けているのは何も距離だけではなかった。
離れた場所で立ちながらも、その上半身が妙に傾き、そこでもまた光琉から間を広げようとしているかのようだ。
身体全部、力一杯を使って、対象を嫌っている、としか思えないほどに。
深く考えなければ、昔は小矢とより瑠香との方が仲良かったのか、と、あまり記憶に残っていない過去を思い出す努力をして終わりに出来るだろう。
そうやってサラリと軽く流してしまえる気分にはならなかった。
ことに対人関係で、相手との一定の距離を空けようとする無意識の働きにはそれなりの意味があり、互いの信用度や信頼度を表していると言う。
開いている距離の差が短いほど、相手がこちらを信用しているのであり、また、近ければ近いほど、その人の近くで心が安らげると感じてくれているのだ。
当然、距離を広げられるほど、相手がこちらを信頼しておらず、それどころか警戒心すら持っており、自分の周囲では全く緊張を解く事は無い、となる。
人間関係の中に見られる対人距離にはそんな意味合いを持つ、と、どこかの本で読んだのか、テレビを見たのかどちらかで見た覚えがあった。
見た記憶は確かだが、心理学的にきちんとした正式名称があった筈・・・・それが思い出せない。
首を捻ってみるがどうにも思い出せそうになかった。尤も、名称なんてそれほど重要な意味も無いのだから思い出せずとも困りはしない。
意味合いは間違っていないはずなのだから、名称などどうでもいい、重要なのは、写真の中の小矢の行動だった。
過剰なほどに広げられたスタンスはそれだけで少女が同フレームに入る相手に全く気を許していないのが解る。
何故だろうか、今までろくすっぽ覚えてもいなかったが子供の頃は小矢に嫌われていたらしい、が、何故だろう。理由がはっきりしない。
そもそも子供の頃の話だから理由なんて無いのかもしれない。ただ突然やって来た余所者に未だ馴染んでいなかっただけ、とも考えられる。
第一、光琉自身の持つ当時の記憶が曖昧なのだから、思い出そうとする作業も努力も無駄なのである。
それにしても、写真の中の小矢の余所余所しいまでの表情はどこかで見覚えがある。
そして、以前に似たような事を思ったような気がする。
顎に指先を添え、途切れ途切れになっている頼り無い記憶の糸を手繰り寄せる。
決して一本に繋がっていない、所々が抜け落ちたミッシングリンクを手繰るようなもの。
手にする写真に真摯な視線を落とし、精神の映写機で脳裏のスクリーンに古びたフィルムを再生させる。
酷くぼやけ、酷く色褪せた記憶の連続映像は、どれほど思い出そうとしても完璧な形にはならなかったものの、今現在気になる部分を明確にするには充分であった。
確かに、昔は小矢と今のような気軽に話せる関係ではなかった。それこそ写真の中の光景のように疎遠だったように思い起こされる。
そう・・・そうだ。脳裏に蘇る記憶の投影は徐々に鮮明になっているもやはりピンボケしているようなものだ。
幼い頃の自分。子供の頃の自分に懐いていたのは姉よりも妹の瑠香の方だった。それこそ子犬を思わせるほどに懐いてくれた。子供の頃は。
ある程度成長してからは、瑠香も一歩引いた位置から接するようになっていたが、何も嫌われたというものではなく、単に思春期に入ったからだろう。
だが、対照的に姉・・・小矢はどうだったか。一歩引いて距離を空ける位置取り、硬質的な表情、ぎこちない笑い方・・・・
それが、こちらに接する時の彼女の普通であり、必要最低限度のラインからは一歩も譲歩しなかったような気がする。
幼い少女にとって、突然現れた異邦人は同居人であっても家族ではなかった、そう言う事なのかもしれない。
思い出せば思い出すほど、当時の自分と小矢の関係は良好から遠くなる。
今までの関係に疑問符が浮かび上がるほどだった。
・・・・小矢の態度が余所余所しい。小矢に避けられている。それは決して馴染みの無い出来事ではなかったのではないか。
そうだ。
以前何かの拍子で見た余所余所しい小矢の硬質的な表情も、初めて目の辺りにするものではなかったように感じられた感覚は、間違いでは無かったのではないか。
子供の頃の自分達は、同じ屋根の下に住んでいながら、別の時間を生きていたのだ。例えるなら点と点であって線ではない。交わる事の無い平行線。
疎遠で他人行儀、有刺鉄線で区切られた関係・・・そう表現できる間柄が幼い頃の二人の関係だった・・・と、思い出した記憶は物語る。
それが解消されたのは・・・荒地同然だった二人の接点が良好化した理由は何なのだろう。
如何せん思い出せない。尤も幼少期の頃の話なのだから、理由無しに距離を取り、他愛も無い事で友人関係になったりと、それも珍しいものでもない。
考え悩むほどに重要ではないのかもしれないが、何か気になった。
何故、幼い頃の小矢は自分を良く思っていなかったのか。
どんな経緯を経て、現在のように気心の知れるほどに間になったのか。
結果の前にまず原因ありき。原因が無いのに結果だけが残る事は無いのだ、人間関係も然り。
この場合は小矢に拒否されていた幼少期がスタート地点だとするなら、現在の関係が結果となるのだろうか。
いや、そもそも、彼女に避けられていた原因も解らない。一体何が原因で毛嫌いされていたのか。
胸に手を当ててみても心当たりは無かった。子供の頃にありがちな、気になる女の子をわざといじめるなんて真似もしていなかったのだし。
自分以外に住人のいない家は不気味なほど静かで、物思いに耽るにはその静寂は好ましいものに思えるが、静か過ぎて逆に不気味だった。
それでも光琉が気を散らせる事無く思案に没頭できたのは、考える問題が彼にとって重要であったからだと言える。
考え込みながら、自分自身が何故こんなに気になるのかも理解できなかった。
無視できずにいるのも、心の内にひっかかる感触を感じているからだが、実際にはただ何となく気になっているだけなのかもしれない。
ひどく虚ろで実体の無い感触が通り雨のように精神を薄く濡らしている。
確かな事は何一つ言えもせず、解りもせず、何となく、考えに考えを重ね深みへ沈む。
小矢と自分の過去に思いを馳せる一方で、苦笑を誘われる側面もあった。
幼馴染との関係についてはえらく気に病み、真剣に思い悩んでいると言うのに、
自らの過去については全くといっていいほど気にも留めていない、それが奇妙にも感じられ、真摯な思考を描く他方で苦笑を誘発させる。
自分の過去、本当の両親・・・考えるべき事は幾らでもあるはずなのに、指先程度にも気にならないのだ。
思い悩むも何も、考えるだけの材料が足り無すぎた。本当の父親、母親の事を考えようとしても、顔も名前も解らない。
覚えていないのではない、記憶にないのだ。何もありはしない。頭の中に考えられるような材料が何一つなかった。綺麗に空っぽ。
あまりに古びた記憶は原形を留めていないどころか最初から存在してないように白紙で、だからこそ、まともに考えられるようなものではなかった。
だが、少しくらいは気にしても良さそうなものだった。
何しろ他の誰でもない自分自身の事なのだ、普通ならば何よりもまず最優先にされる問題に違いない。
それを毛先ほどの関心も引かれないとは・・・と、内心苦笑する。
結局・・・結局は、自分にとってどうでもいい事なのだろう。
本当の両親だとか、生まれた場所だとか、そんな事には全く興味を持てない。
それらは全て終わってしまった過去であり、理解しても現在に与える影響など無に等しいだろうと思えた。
この論法を用いれば、過去、小矢との間であったであろう何かも気にするようなものではなくなる。
過去は過去であって、追及し、言及してみても、現在がどうにかなるものではない。
そう思いながらも一方は気に病み、一方は歯牙にもかけずにいるのもおかしな話だった。
いずれにせよ、自分自身の過去については何の関心も持たず、気にも止めようとしなかった。
顔も知らない、名前も覚えていないような本当の両親について考えたところで意味も見出せない。無駄なのだ。
第一、今更何を考えるというのだろう。善悪どちらの方向の感情を持つほどに印象を持っていやしない。感想らしい感想も無い。
別に。どうでも。それが自分の本当の親に対して持つ、光琉の本音らしきものだった。
慕ってもいない代わりに憎んでもいない。無関心。それに尽きた。
実の二親に向ける感情の種が無関心では酷薄に過ぎるとの誹りを受けかねないが実際その程度であり、以上でも以下でもないのだから仕方が無いだろう。
気の無い顔付きで天井に視線を彷徨わせる。
色々と考えても考えても、答えらしいものは見つからず、それでも考える。
強迫観念に取り付かれた精神患者みたいだ。
考え悩む事は苦手だった筈なのに、気付けば色々と思い悩んでいる自分がいる。
この夏に入ってからの習慣。これはもう一種の癖と言えるだろう。嬉しくも無い事だが。
苦悩癖、とでも呼べばいいのだろうか、と、考え、下手な冗談に肩を竦めた。
苦笑の表情に混じって見え隠れする薬味を噛み締めたような顔色は、自分の考えが下手な冗談に分類されるよりも下手な事実よりであり、笑えなかったからだろう。
混濁と濁る思考を頭蓋の内側にたゆたわせながら、光琉は頼りなげな記憶の糸を引き寄せ続けた。
まるで手応えの無い綱引き・・・いや、少しとは言え思い出せたのだから上出来と誉めるべきだった。
今の心理状態では、そもそも集中するのが難しいのだから、記憶を手繰るなんていう集中力の要る作業は困難なのである。
にも関わらず、ある程度は思い出せたのだから満足すべきだろう。これ以上過去を思い出すのは望めるはずも無い。
これ以上考え込んだところで何も思い出せそうになく、何の収穫も得られないとなると、別の悩みが水面に浮上してくるのも仕方の無い事だった。
さて、どうするか・・・
口癖のようなお決まりの台詞を脳裏で漏らしつつ、思考を処理していく。
最大の問題は当然ながら小矢の件だ。これをどうにかしない限り安寧と仲良くは出来ない。
まずは目先の最大に難事を解決してから、次に取り掛かればよい。
今夜だけでも何度目になるか解らない事を自分に言い聞かせる。
それにしても今夜は同じ事を幾度と無く考えている気がした。
気のせいではなく、恐らく・・・間違いなく事実なのだろう。思考がループしている。
10分前に考えた事を10分後に繰り返し、更に10分後に確認するようにまた考える。意味も無く同じ思考の軌跡を辿っている。
何故と聞かれれば、単純に落ち着いていないだけなのだ。焦燥感に駆り立てられて不安で仕方ない。
纏まりを知らなければ、答えを即答できないような問題ばかりを頭に巡らせ、考えている。
努めて頭の中を空っぽにしようとしたところで、何も考えなければ不安ばかりを感じ、押し潰されそうな無形の不安から逃れようと無意識に何かを考える。
さりとて現在の状況下で考え事に没頭出来る訳もなく、ループする思考の隙間から不安と焦りが這い寄ってくる。
それから逃れるようにまた思考・・・・メビウスの輪。
今は待つ事しか出来ない我が身が口惜しい。
焦りは心に吹き抜ける隙間風のように、精神から平静と言うなの幕を剥ぎ取り、逆剥けさせる。
落ち着きの無い心理状態はさながらバランスの取れていない綱渡りのようなもので、
空中高く張られた細い綱の上で危なっかしくも絶えず足を動かしていないとこの状態を維持する事も難しい。
動き回らずその場にじっと留まっていては、安定を失って転落するだけだった。
なのに、今、持て余すほどに荒れる感情に身を炙られながら、何もせずにじっとしている。いや、何も出来ずに。
苦痛。
何もせずにただただじっとしているのは忍耐の限界を要求する試練であると、これ以上無いと言うほどに味わう。
ボーっとしているのと訳が違う。何も出来ずにじっとしている。
急かす気持ちに身を任せて動き出したいのを我慢しながら。
精神が鑢にかけられ削られていくようだ。
一秒を経過させる度に不安は増し、苛立ちが募り、不快感が増加していく。
ソファに深く背を凭れさせ、仰ぐように天井を見上げながらゆっくり瞼を落とす。
一応寝る為の努力だけはしておこう、と、そんなところ。
自分でも実に無駄な努力に違いないと自覚しているが、それでも、興奮した眼で周囲を忙しなく、
かつ、あてもなく見渡して、絶えず五感に刺激を送っているより、瞼を閉ざし視覚を遮断した方が少しは気も休まるだろうと考えての事だ。
尤も、本当に単なる気休め程度にしかならないかもしれないが、それでも、眼を見開いて心に無意味な緊張を強いているよりはずっと良いだろう。
腕を組みつつ眼を閉じて、夜が明けるのを待つ。
時折、何かに耐えるようにして奥歯を噛み締めたりもしていたが、睡眠ってヤツは人間の身体に不可欠らしく、意識は次第次第に舟を漕ぎ始めた。
覚醒と睡眠の狭間、現世にも夢にも意識を置きながらも、感覚は朦朧と霞んでいく。